
この世で一番仲良しだったひと、お母さんと
お別れしました。
2年半前にお母さんが車椅子になってから
京都と東京を往復する生活になりました。
わたしが今まで写真のことだけ考えて生きてこれたのは
お母さんのお陰だった、とその時初めてわかりました。
だからカメラマンをやめた方がいいんじゃないかと
何度も考えたけどできませんでした。
フリーで仕事をしているからこそ両立できることだからと
始めた遠距離介護(家事補助等)でしたが、凡人の自分にとっては
簡単にこなせることではなかったです。
でも3月に突然、もう永く生きられないとわかったとき
この2年半は自分にとって必要な時間だったと思いました。
それからは毎日今できることが何か考えて過ごしたけど
3ヶ月はあっと言う間で、うまくできたかわからないこともあったし
あれでよかったですか。
最後の方はほとんどしゃべることもできなくなってしまって、
時々話しても特別な言葉とかはなくて、
重病なのに、看護師さんのみんなからも時々言う冗談が
するどくておもしろいって言われていました。
しんどそうなお母さんを撮ることはしたくなかったので
顔があまり写らない感じで病室で写真を撮ったときに
お母さんなりのやり方で昇っていこうとしているんじゃないかと
はっきり感じました。だから自分も最後迄いつも通りに
しようと思った。
遺影の写真は自分で撮った写真にしました。
一度この写真を見せたときに、アップなので恥ずかしいと言って
あまり気に入ってなかったようだったけど
やっぱりこれがいいんじゃないかと思って決めました。
これでよかったですか。
お父さんのとこへ早く行けてよかったね。
それだけがうれしいです。