作風を変えた。
表面的にも、自分の中にある撮り方も、全部変えた。
これからも写真を続けていきたかったから。
ただ、言うは易しで、実際に20年かけて培った方法を変えるのは
実際の面でも、気持ちの面でもそんなに簡単では無かった。
撮り始めると、いつものやり方に寄っていこうとする自分を
必死で制止しました。
一番大本の、自分の気持ちは殺さないように。
小細工をするのが嫌だったし、かっこ悪いと思ってきました。
「いい写真」は「映える写真」ではない、と思っていました。
でも、そういう自分もいつしか写真を紙で見るよりスマホで見る日常なのに、
その理屈は現実に目を向けない行為そのものになった。
コロナよりずっと前に遡りますが、
やりたいと思ったことが出来なくなって、
気付いたら「普通の生活」も出来なくなって、
それは季節が一巡するぐらいの長さでは到底例えられないほどの期間でした。
それでも一番悪かった時期に最初にしたのは、身体の負担にならない軽さのコンパクトカメラを
買うことだったし、絵を「描ける」ようになったのも、作品を最も多く作ったのも、その期間でした。
その長い時間の間に、創作行為への意欲が無くなった日は一日も無かった。
物事を上部や、演出されたイメージだけで捉えようとする人を軽蔑していたのに、
実は自分もそういう見方をしていた事に気付いたのも、その時でした。
その事実が自分の支えで、底辺から戻ってきたから、過去のやり方を捨てることが出来た。
あの時、「常識ある人」から投げられた、写真から離れた方がいい、という言葉を
受け入れなくて、本当に良かった。
これからも一日一日を積み上げて、人生の終わりが来るまで、
自分の生き方を貫いていきたいです。